治療の経過
治療をはじめて3ヶ月ほどで強烈なテーマは落ち着いて、視力が悪くなったらどうしようといった不安感への強迫へうつっていった。
視力のテーマもなかなかしんどくて、目に見える全てがちゃんと見えているのか、もし見えなくなったらどうしよう、そんなわけはないことはわかっているようでわかっていない。
大丈夫だとは分かっているのに、脳が全力で本当は病気なのではないかと思わせてくる。
馬鹿げているのも半分分かっているのに、やめられない確認作業。
つらいことばかりだった。そんな視力強迫が落ち着いてきた。
それが治療1年だった。
あんなに痛かったメガネを今は普通にかけられていたのに、急にまた振り出しに戻った気がする。
テーマが左右しているだけで進めているのだろうか不安になる。
でも、今思うのはご飯も食べれず、不安に支配されているあの頃のわたしではない。
波が大きいだけ。いつかおさまるんだ、わかっているのにつらい。
またメガネが痛い。
ほんとうに頭痛まで起こすのだからやっかいだ。
そうしてはいられないから、歩くことにした。
といってもまだ2日目だ。
秋めいた町を歩くと気持ちいい。その間は忘れられた。
無視できる時間もあるのだ。
日溜まりのお気に入りの席で雑誌を読むのが好きだ。
あったかくて冬の体温がする。
面白い特集があった。
人間の脳はスマホによって退化していると。
たしかにそうかもしれない。暇があれば待ち時間でもすぐにインスタを見てしまう。
わたしは常に何かして忙しくすることで普通で、なにもしないができていないことに気がついた。
なにもしないを実践すると、ただ日があったかい。お茶があったかい。
電気毛布があったかい。あったかいだけでもこんなに感じられることに驚いた。
スマホは簡単にエンタメを与えてくれるけれど、
今ここにしかない穏やかな楽しさを見逃してしまっている気がする。
知らず知らずのうちに、子育て、株、家族、他人の生活、ドラマ。
ゆるめているようで忙しすぎる脳は病気と相性が悪いはず。
なにもしないを実践してみよう。
できるだけ多くの時間を穏やかに楽しめるようになれば落ち着いてくれるはず。
今日はできるだけ早く寝たい。また明日のために。