息子を育ててもうすぐ4年がやって来る。
ここまで何度も辞めてしまいたい、投げ出したいことがたくさんあった。
毎日児童館や図書館に足を運び、耐えてるのはわたしだけじゃない。
みんながんばっているんだと思いたいがために通っていた部分もある。
ひとりでずっと一緒にいることは愛している我が子ですら、こんなにつらくしんどいものなのかと思い知らされた三年でもある。
今も乗り越えたとは言いがたいが、幼稚園にかよいだして数時間離れる時間があるだけでこんなにも空が広いのか、こんなにも自由とは美しいものだったのか、なんてポエムのように本気で思えた。
子育てが孤独になっていっているせいだと思う。
SNSですぐに他人と比較し、スマホに囚われている人も多い。
昔に比べて専業主婦がいないせいで同じ母親でも子供への関心の薄さにギャップを感じ孤独になることも多かった。
働く母親を推進した結果、労働していない母親の価値はほぼない。
そんな世間の温度をよく感じた。
あの頃の自分に言ってやりたい。
あなたが子育てに翻弄していた時間はお金にならない。
あなたが悩み、もがき、よく泣いたこともお金にならない。
家にいるのに家事が進められない葛藤も結局あなたしかわからない。
世間家族全てが敵にさえ思え、孤独で自分の価値がなくなったかのように感じていたあなたに言ってあげたい。
こどもにとって、働くかっこいいお母さんは必要なのか。
片手間に返事をして食事をせわしなく作り、急いで食べさせ、寝かされ、朝また保育園にいく生活を息子は望んでいたのか。
キャリアや資産損失などと言われるが、3歳児神話を信じるとか信じないとかではなく本質は見えているんだろうか。
お母さんがいる。お母さんがいつもいる。話を聞いてくれる。いつでもハグができる。望めばいつでも付き合ってくれる環境はそんなに価値がないのだと思うのならば保育園に見学にいけばいい。
いくらお金を積んだってあの頃の彼の毎日は帰ってこない。
やったことは人生帰ってくるのだ。
やらなかったことも。
幼稚園にいくようになって気がついたことがたくさんある。
働くお母さんは余裕がないだけでなく、こどもに関心がないように見えることが多い。
行きたくないとなくこどもが友達に攻撃的になっていることも知らない。
母親だって自己実現の時代だと言うが、こどものための1番のヒーローが不在の幼少時代を過ごした大人がまともにだれかと向き合えるだろうか。
してもらったことのない愛情をだれかに与えられるのか。
1番に優先される時間をかけてもらえる安心感を与えられるのか。
現代のこどもがすごく心配になる。
お母さんを責めたいのではなく、そうさせている政治、世の中に聞きたい。
お母さんと一緒にいる時間よりも保育園が経験できることが多い。
そういいますが、
お母さんがいつでも自分を優先してくれる安心感を得る経験は必要ないのでしょうか。
お母さんにとってもたった1度の人生、こどもの成長に関心を持たずにどうして産んだの。
関心が薄れている自覚もなさそうで時々心配になります。
どうかいま専業主婦のお母さんが自分の子育てが無駄だと思えるのなら、
保育園の1日を見てほしい。
バルーンやさまざまなカリキュラムを経験させることがそんなに大事かといたい。
こどもの顔を見ればわかると思う。
どうか子育て中の自分を愛せますように。
自分のこどもに関心をもつ親が増えますように。