キラッとひかる古い指輪は祖母の婚約指輪だ。
古いデザインかもしれないがわたしは気に入っている。
現代のおしゃれの正解に当てはまらないわたしだけのキラキラだ。
結婚して子育てが全てではないといわれる昨今。
多様な幸せがある。
それは事実である。
しかしながら子育てにしか得られない幸せもあり、
逆に独身やこどもがいない人だからこそ得られる時間がある。
どっちも得ることなんて不可能なのだ。
わたしは子育てをしているからこそこちらの世界しか見えないからゆえに、自信をもって言えることは子供を産み育てられていることは幸せでわたしの正解なんだと。
SNSのみんなが正解の時代
子育てや投資のみならず、今や全てのものにSNSが強い影響がある。
一見、すごく自由に見える現代でもそうではない。
この色味の服が正解だとなればこぞってみんながベージュを着ている。
みんなはだれかだ生み出したものに違いないのに、
それを正解にするかのごとく似たような写真が増えていく。
アルゴでまた似たような画像がでてきてはそれを見てみんなわたしと同じ考えなのかと錯覚して当たり前のように正解を探しにSNSを開く。
正解はSNSには載っていない。
子育てにも正解はない。
のにもかかわらず、子育てをして働くことが上だ、保育園での方がたくさんの経験ができるという思考は今のトレンドだ。
ほんとうにそうなのだろうか。
これが正解と書かれていたら正解なのか。
エビデンスがそんなに研究者の方がこどもの心を理解できるのか。
わたしは違うといいたい。
わたしだけはこどもの心は地層のように何層にも重なっていてにもなっていて複雑であるがゆえに正解なんて偉そうに言えるものではないと思っている。
こどもにとってたくさんの経験よりも母親やそれらにかわる自分だけを優先する存在に心置きなく甘えられたという心の栄養という観点からみたら自宅保育は優位だと思う。
反対に組織に染まる、何も考えなくても回りと同じことを疑わずにできる、学校生活に馴染む点では長時間保育は優位なんだとも思う。
どちらが正解なのではなく、どちらを選択してもいいような世の中であってほしい。
自分はこっち、あなたはこっち。
そういう選択ができる世の中こそ多様性なんだと思う。
SNSと距離をとって他の人からのいいねじゃないわたしだけのキラキラを集めて生きていきたいものですね。
